ふむ。と山吹薫は業務の終わりを確認し、電子カルテを再び開く。
ここからは自己研鑽の時間だ。そう思いつつも頭の動きはやはり鈍い。開かれた脳画像は以前広範の出血を呈した患者である。出血は吸収されていたが、その障害は深い
人工呼吸器管理という事はまだ覚醒していないのか。しかし開眼はしているようだが・・・
・・・・・・・・
病状をアセスメントしつつその経過をじっくりと追う。そして山吹はふと後ろに立つ人の気配に振り向いた。
しんじんちゃ~ん。どうしたの~?ボクの患者さんがそんなに気になるんだ~?
うわぁ!!!!
気配もなく山吹の真後ろで片方の頬に人差し指を当てる、内海青葉(うつみ あおば)が間延びする独特な喋り方のままに其処にいた。音すら立てずに自分の直ぐ近くに立つその姿を見て、山吹は思わず声を上げる。
ひどいなぁ~そんな叫び声を上げることないじゃ~ん。
気配も無くそんなに近くに立っていたら誰でも驚きますよ!
どうしたんだ?騒々しいな。
ニヤニヤと笑う内海の隣から、ひょっこりと石峰優璃が顔を出す。その顔を見て山吹はため息を吐く。
主任さ~ん!酷いんだよ~新人ちゃんがね~
それはあんたがそこに居るからで・・・
なんだか楽しそうだな。そして・・・あぁこの前の患者様か血腫は大分吸収されたみたいだが・・・厳しいな。
そうなんだよねぇ~。自発呼吸はあるんだけど、まだ十分な換気量が取れなくて~。酸素化ももう一つだし・・・
ふむ。と石峰は華奢な細い手を胸の前に組む。何と無く言っていることは分かるのだけど、やはり理解は出来ていないと山吹もまた腕を組む。
して・・・新人君。出血の話の前にそもそも血液とはなんだ?
何々それ~?面白そうだな~。ねぇねぇボクにも教えてよ~!血液とはなんなのさ〜?
なんか増えましたね。まぁ良いでしょう。血液とは体の中を流れる液体で、体を構成する・・・
石峰と青葉は一度顔を見合わせる。そして石峰が自分が話し終わるのを待たずに、一度ため息を吐くのを見て山吹は片方の眉を釣り上げる。
例にも漏れずに半分正解だな。
だねー。体を流れる液体は沢山あるよー。血液はね、多くが血管の中を通る液体だねー。
そう言おうと思っていましたよ。それで主に赤血球などの細胞が流れる細胞成分が45%、多くの水分とタンパク質やブドウ糖が流れる血漿成分が55%となります。そして血液の全体は体重の8%存在します。
うんうん。と石峰は何度か頷いて見せ、内海は両手を後ろに組みながらゆっくりと体を傾ける。
なんだか新人ちゃんの話しは、教科書と話しているみたいだねぇ~
まぁよく勉強している証拠だな。そして血液はどう分布するんだろうか?
教科書とは余計です。えぇと、脳に13-15%、心臓を包むように巡る冠状血管に5%、そして各臓器ににも45~55%、骨格筋にも15%程、あとは皮膚や骨や脂肪もありますね。あくまで安静時ではありますが、それぞれ大きな血管から毛細血管へと移行しそれぞれの役割をこなします。
やるじゃ~ん!そうだねーそれで体の中の働きは維持されるんだね~。もちろん血管が健康な状態で、血圧が維持されているという条件が必要だけどねぇ。
内海は瞳よりも大きな丸メガネを片手で上げる。不思議とその先の瞳は見えないものだと山吹は目を細める。
それが運動時や食事の後に必要な臓器へと誘導される。主に私達は常にその組成の変化を意識しながら運動を提供しなければならない。
そうそう。じゃないと怖いことが沢山起きるんだよ~
例えばどんな事ですか?
細胞成分には当然赤血球や白血球、血小板が含まれる。特に赤血球には酸素を含むヘモグロビンが含まれているから、その減少は貧血症状として現れる。そしてそれは酸素を消費する運動時に著明に生じる。
血漿成分の方も大切だね~。その中には電解質なんかも含まれるから、その組成が変化した状態で運動をすると神経症状が出現したりするの〜。特にカリウムの変化はすっごい怖い!致死的な不整脈が出るからねぇ〜
ねー主任。と青葉は体を傾けてそう石峰に問いかけ、そうだなと石峰は一度頷いてみせる。当然だがそうやって肩を並べる事など、まだ自分に出来ない事は確かに悔しい。
それを生化学検査結果からしっかりと確かめるんですね。
そうだな。その結果をまず基本にして介入はしなければならないな。
でもでもしんじんちゃ~ん。毎日患者様は採血している訳じゃないよ〜?そんな時はどうするの〜?
それは・・・と言いかけて言葉の続きは山吹の口からは出てこない。
ニタニタと笑う内海の瞳が弧を描いているのを山吹は見えはしないが、そうだと感じた。そして盛大に口をへの字に曲げた。
山吹薫の覚え書 12
・血液は体重の8%存在している。そこに含まれるものは体を動かすために全て重要。
・組成の変化は生化学検査にて確認する。もちろんそれぞれの運動時にどう変化するのも大切だ。
・そう言えば内海青葉は男なのか?女なのか?
【これまでのあらすじ】
『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。』
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